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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)2058号 判決 1961年10月25日

判  決

東京都練馬区谷川町二丁目千九百十三番地

原告

四本文雄

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

浜口武人

坂本修

今井敏弥

矢田部理

右訴訟代理人弁護士

斎藤忠昭

同都文京区元町二丁目三十九番地

被告

株式会社東雲堂

右代表者代表取締役

大岩俊男

右訴訟代理人弁護士

朝川伸夫

上山太左久

藤倉芳久

右当事者間の昭和三五年(ワ)第二、〇五八号損害賠償等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一、被告は、各原告に対し、別表原画の欄記載の各原画を引き渡せ。

二、被告は、

原告四本文雄に対し金十一万三千円、

原告斎藤謙綱に対し金五万七千五百円、

原告白尾三男に対し金二万八千円、

原告加藤新に対し金一万五千円を支払え。

三、被告は、被告発行の科学クラブ誌上に、一頁大で、別紙記載の陳謝文を掲載せよ。

四。訴訟費用は、被告の負担とする。

五、この判決は、第一、二項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告ら訴訟代理人は主文第一から第四項同旨の判決および第一、二項につき仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告らの請求は、棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因と答弁

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。

(原画の製作交付と無断複製)

一、被告は出版業を営むものであるが、原告らはそれぞれ、被告の依頼により、別表(一)原画の欄記載のとおり掲載誌発行の年月日のころ、各原画を製作し、その頃被告に交付し、被告は現にこれを所持している。

被告は、そのころ、各原告に対し、別表代金の欄記載の金員を支払つた。

被告は、昭和三十四年十月一日「科学クラブ」第五号第一号を発行するに当り、各原告の承諾をうることなく、前記各原画のうち別表(一)複製の欄記載のとおりの変更を加えて、これを掲載し、そのさし絵担当者として、沢田弘、坂入徳次郎、佐藤広喜の三名を表示した。

(著作権と原画の所有権)

二、各原告は、前記原画の製作によつて、その著作権を取得し、しかも、各原画につき所有権をも有する。また、さきの原画の交付は、一回かぎり掲載を認める約定にもとずき、代金の支払も一回かぎりの掲載料として受けとつたものである。

(著作権侵害)

三、前記の原画の無断転載は各原告の著作権を侵害するものであり、また、原画に変更を加えたこと、著作権者の氏名を表示しなかつたことおよび他人の名を著作権者と表示したこと、はいずれも、各原告の著作権者としての人格権を侵害したものである。

(原画の返還請求と損害賠償請求)

四、よつて、各原告は、所有権にもとずいて、別表(一)記載の原画の返還を請求する。

また、各原告は、被告の無断転載によつて、各掲載料相当額の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたが、昭和三十四年十月現在の掲載料相当額は、別表(一)の掲載料相当額の欄記載のとおりである。さらに、各原告は、著作権者としての人格権侵害による精神的損害を蒙つたが、その損害に対する相当慰藉料額は、原画一点について金三万円であるから、うち金一万円の割合による金員、合計額として請求の趣旨記載のとおりの金員の支払いを求める。

また、各原告は、本件著作権の侵害により、著作権者としての声望名誉を傷つけられたので、これを回復するための処分として、別紙記載の陳謝文を、被告発行の科学クラブ誌上に、一頁大で、掲載すべきことを請求する。

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり陳述した。

一、請求の原因一の事実は認めるが、その余の原告らの主張は、すべて否認する。

二、各原告は、その主張の原画について著作権を取得したことなく、その著作権は、被告が当初から取得したものである。すなわち、各原画は、いずれも美術絵画ではなく、科学雑誌に登載されることを前提とする絵画であり、しかも、その対象は動物の生態であるから、実物あるいは写真を正確に模写したにとどまり、創造性のある精神的労作ということはできないし、その製作については被告の編輯方針のもとに図型、色彩、大きさ、方位などが指定されたものであるから、その製作によつて各原告に著作権が発生する筋合ではない。

(なお、原告らが著作権を取得したことを前提とする抗弁は主張しない。)

第三 証拠関係(省略)

理由

(争いのない事実)

一、各原告が被告の依頼によつて、別表(一)原画の欄記載のとおり、各掲載誌発行の年月日のころ原画を製作して被告に交付し、その代金を受領したこと、および被告が各原告の承諾を得ないで別表(一)複製の欄記載のとおり原画に変更を加えて転載し、しかも、各原告の氏名を表示せず、他人の氏名を表示したことは当時者間に争いがない。

(著作権の発生)

二、各原告が、別表(一)記載の各原画を、その掲載誌発行の年月日のころ製作したことは、前記のとおり当事者間に争いなく、各原告本人尋問の結果によれば、これらの原価は、各原告が、永年にわたつて集めた資料にもとずいて、各原告の美術画家としての感覚と技術とを駆使して、動物の生態を写実的に描いたものであることが肯認されるから(この点に反対の資料は全くない。)、各原告は各原画の製作により、これに対するその著作権を取得したものということができる。

被告は、これらの原画が、科学雑誌に登載することを目的とするものであり、実物の正確な模写であることが要求されるものであるから、美術作品ではない、と主張するが、そのような目的ないしは制約のあることは、前記認定のように製作された各原画の創造的な精神的労作としての性格を失わしめるものではない。また、被告の主張するように、その製作について、被告の編輯方針に従つて細かな指示が与えられることが仮りにあつたとしても、そのことが、本件原画につき著作権発生の妨げとなるものではない。

したがつて、被告は著作権者である各原告の承諾を得ないで、本件各原画を他に転載したり、これに変更を加えて掲載したり、または著作権者である各原告の名を表示しなかつたり、あるいは他人の名を表示したりすることは、いずれも許されないところ、といわなければならない。

(原画の所有権)

三、以上のように、別表(一)記載の原画については、その著作権が各原告にある以上、特段の事情の認むべきもののない本件においては前掲各原画の所有権も、また著作権者に属するものというべきである。

(掲載料相当額の得べかりし利益の喪失)

四、以上認定したところによれば、各原告は、本件各原画を使用させることによつて相当の掲載料を得ることができたはずであつたにもかかわらず、被告が無断使用したためこれを得ることができなかつたことが推認されるところ、これを否定すべきなんらの資料も見当らないから、被告は、各原告に対し相当掲載料に相当する額の得べかりし利益の喪失による損害を賠償すべき義務がある、といわなければならない。

よつて、相当掲載料額についてみるに、各原告本人尋問の結果によれば、各原告の原画が無断転載された当時である昭和三十四年十月現在において、通常取引価格としての掲載料は、少くとも別表(一)のうち掲載料相当額欄記載のとおりであることが認められるから(これに反する資料は見当らない。)、被告は各原告に対し、この金員の支払いをする義務があるものといわなければならない。

(慰謝料と謝罪広告)

五、各原告本人尋問の結果によれば、各原告は、被告の著作権侵害行為により、画家としての体面を傷つけられ、また、その社会的評価をも落す結果となり、精神的損害を蒙つたことが認められる。しかして、以上認定の事実によれば、その精神的損害を賠償する方法としての慰謝料額は、原画一点につき、少くとも金一万円を下らないと認めるのが相当であり、また、各原告がその声望名誉を回復するための処分として、別紙(二)の内容の陳謝文を、被告発行の「科学クラブ」誌上に、一頁大で、掲載すべきことを求める、この請求も理由があるものということができる。

(むすび)

六、よつて、各原告の請求は、いずれも正当として、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 田 倉  整

裁判官 楠  賢 二

別表(一) (省略)

別紙(二) 掲載を求める陳謝文の内容(省略)

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